 |
印籠
2代正田文右衛門が天保15年(1844年)江戸・大阪・京都・中国・長崎方面へ旅をした時に使用した印籠である。印籠は携帯用の薬石入として使用された。根付として「石臼を挽く翁」が飾られている。 |
 |
蝶形さかな入れ
2代正田文右衛門が天保9年(1838年)に館林藩6万石の藩主 井上河内守正春より拝領した蝶の形をした珍しいさかな入れ(重箱)である。 |
 |
店卸帳-たなおろしちょう-(左)
文化3年〜6年(1806〜9年)の米屋文右衛門の棚卸帳である。中には大麦、大豆、小麦、その他ろうそく、草履等の棚卸が記載されている。
大福帳(右)
江戸時代の米穀商を営んでいた頃の天保年間から、醤油業の創業期である明治24年までの間のものであり、主に金銭の貸付についての記録がある。なお経営の近代化により、以降は洋式帳簿に変わった。 |
 |
印半纏-しるしばんてん-
江戸時代、米穀商であった当時の印半纏である。胴の回りには屋号「米屋」の米の文字デザイン化してあり、背中には暖簾印の山トが染め抜いてある。出入の業者もこの半纏を使用した。 |
 |
印日下恵-しるしひかえ-
醤油創業時の明治初期、当社の各種醤油のブランド(印)を書き留めた印控えである。 |
 |
桃桶-さるぼう-(左)
明治時代、生醤油を製造する為圧搾室の半切桶から諸味を搾り袋(白木綿の袋を柿渋に浸して作ったもの)に入れる為の桶である。
片手溜(かたてだまり)(右)
明治時代、醤油の諸味(もろみ)を仕込桶よりこの片手溜に汲み入れ、それを片方の肩に担いで圧搾室の半切桶に移す時や、搾った生醤油を移動する時に使用した運搬用の桶である。 |
| COPYRIGHT 2005 SHODA SHOYU CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED.. |